パドルボード紹介
VOL1「波乗りの歴史を知ろう」 NO.1

板こ乗り

 
20世紀から今日、世界中でサーフィンはメジャースポーツとなりました。 日本では先の大戦以後、湘南にその歴史は始まる・・と一般には言われますが、『板こ乗り』などと呼ばれる遊びが日本のあちらこちらに、その昔からあったのです。


今でも世界のどこかの海で、木の板を使って波に乗って遊ぶ子供達は大勢います。


20年以上も前に奄美大島で、イノシシをごちそうしてくれたおじさんから聞いた話では「子供の頃は家の前の海で、よく泳いだ。昔は堤防がなくて、帰ってくる時に磯の上では波が勢いを増すので身体が傷だらけになるんだ。で、戸板とか板切れを持っていって、それに乗って波に押されて帰るんだ。それが、おもしろくってさー!そのうち、そればっかりやっていたさ。」だ、そうだ。
この話を聞いた時、このおじさんはサーフィン”という名称を知らなかったのです。 が、これってサーフィンの根源なのではないでしょうか?
サーフカルチャー

安全に岸辺に戻るための行為・・波に乗って岸まで帰る・・サーフィンですよね。 波に乗るために『板こ』を使うのですから、板こ乗りもサーフィンの一種に列挙できるでしょう。 15年ぐらい前に、フィジーのNAMOTU島で会った、オージーのおじさんに「あなたのサーフィン歴は?」と聞いてみたところ「う〜ん、エアマットの頃を入れると40年ぐらいかな〜」と言っていました。
ね! エアマットも彼の誇り高いサーフィンキャリアなのです。


長い歴史の中でサーフボードの材質が革命的な変化を見たのは1940年代になってからです。 現代の標準となっている、フォームとファイバーグラスで作られるようになったのは1950年代の後半からです。エアマットで波乗りしていた少年とともに、サーフボードは進化して来ました。

 
サーフカルチャー
さて、サーフィンの起源が古代ポリネシアの島々に由来することは御存じのとおり。


古代のサーフィンは、やはり『板こ乗り』でした。サーフボードの材料が木材しかなかったのです。

はたして人類はどのぐらいの期間を『板こ乗り』してきたのでしょう。
ハッキリいって、わかりません。
古代ポリネシアの人々は文字を持ちませんでした。歴史やニュース、習慣や文化をメレと呼ばれる詠唱にして、親から子へ孫へと語り継いでいたからです。


そうしたサーフィンの物語の中には神話にさかのぼるものもあります。

サーフィンという言葉がまだない時代、ハワイ語では『He'e Nalu』と呼んでいました。
He'e Naluには波に乗ることの他に、滑る。浮く。溶ける。再生する。自分自身に語りかける。真理を追求する。などの意味があるそうです。なんとなくわかるような気がします。つまり波に乗って浮いて滑ることで、大自然の真理を追求し、その中で自分自身を知り、マザーネイチャーに溶け込んでリフレッシュすること!・・それがHe'eNaluということでしょう。
うんうん、納得!!


サーフィン史家、ベン・フィニー氏の研究によるとサーフィンは広く、東はイースター島、西はニューギニア、北はハワイ(日本にも板こ乗りがあったが、知らなかったようだ。)南はニュージーランドにおよぶ太平洋全域に普及していたらしいということです。
もちろん、その中でもハワイアンポリネシアがこのスポーツに与えた影響と功績は、言うまでもなく絶大なものがあります。


神話にまでさかのぼり、よくわからないぐらい古くから太平洋の島々でおこなわれてきたサーフィンに、ハワイの人々は熱中していたようです。
波が立たない時には神に祈り、波を呼ぶ儀式を行なってもいたようです。

波乗りという行為についての歴史的な記述を紹介すると、
1777年にキャプテン・クックがタヒチ諸島で、現地の人々によるカヌーを使った波乗りと、道具を使わず身体だけで波を滑るボディーサーフィン(湘南、大磯では『手ぶら』という。) そしてその翌年にハワイ諸島でボードを使ったサーフィンを見て、その様子を記録しているのが文字に残る最初のものです。
では、その一節を紹介しましょう。

 
『キャンプを設営したマタバイ岬の周辺を散策している時、私はひとりの男が懸命に小さなカヌーを漕いでいるのを見かけた。しかもカヌーの両側をひんぱんに見回すその様子が普通ではなく、私は興味を持った。観察を続けるうちに彼が一連の動作を繰り返していることがわかった。男はまず浜辺から沖とのあいだの波のうねりが高まるところまで行くと、波が近付いた時に一気に漕いで、波が彼の上からかぶさる位置、しかもカヌーの下を波が素通りしない場所に、たくみにカヌーを寄せる。このあと彼はカヌーに腰を降ろしているだけで、波の押し寄せる速度で浜へと突進する。そして男は沖へ戻り次の波で同じ運動を繰り返す。
サーフカルチャー
パドルは波乗りとともに古くから
島々に伝わる文化だ。
 

波が滑るようにカヌーを運ぶ時、男は至上の悦楽を感じているようだ。他の人々が私達のテントや船のまわりに、もの珍しげに集まっているのに、カヌーの男は何の興味も示さずただ、自分の行為に嬉々として夢中なのである。やがて他にも何人かカヌーで沖へ出ていくと、同じ喜悦の表情を浮かべ、良さそうなうねりが来ると大声をかけ合っていた。


私はこの運動が彼等の間で盛んに行われていることを知った。爽快感で唯一比較できるものはスケートだろうか。いや、彼等はもっと多くの楽しみを知っているのだろう。』

キャプテン・クックは見事に波乗りを言葉で表現しその精神安定効果をも見抜いて、カヌーの男達が波乗りに心奪われていることを理解しています。
クック船長やキング副官の航海日誌と同行した画家、ウエーバー氏のスケッチが(当時、写真機はまだない。)イギリスで出版されると、ハワイは多くの冒険家のあこがれとなり、19世紀になってヨーロッパに大航海時代(人々が帆船で世界旅行ができるようになった。)が始まると、ハワイは多くの訪問者を迎えることになります。


旅行者達は波乗りの様子を見て目からウロコが落ち、その魅力の虜になる人も出始めました。 当時はハワイアン達のサーフィンを見ているだけで、サイコーのアトラクションでした。


・・・・・つづく

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